ミネムラ珈琲ブログ

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『京都、パリ――この美しくもイケズな街』読んだ

『京都ぎらい』は読んだことがないけど、井上 章一さんはとかくいわゆるほんまもんの京都から差別された京都市の京都じゃないところに生まれたルサンチマンを全力で爆発させている人、というのはなんとなく知っていた。ぼくみたいな大学の頃から外からやってきて左京区でフラフラしている人間からすると、こういう機微とかイケズみたいな感覚はさっぱりわからない。すくなくともぼくが知る範囲の京都という町は、おおらかで流れ者に優しい町だと思っている。それが京都の深淵をのぞいいていないだけなのか、はたまた鈍感さによってイケズに気づいていないのかというのは気になっている。 それでもって、さらにパリまでからめて対談するというのが面白そうで読んでみた。

全体的にどのぐらいの気持ちで読んだものかは戸惑った。エビデンスに基づいて精緻に語るものではなくて、雰囲気や空気を語り合い解釈していくもので、「なるほどなるほど、ふむふむ」って感じで読むのはなんだか間違えている気がしていて、「へー、おもろいやん」ぐらいで、説得力のある与太話ぐらいで受け止めるのが姿勢として正しい気がする。総じて示唆に富んだいい与太話が聞けた。

井上  見ようによっては、確かに、おっしゃる通りやね。気が付かへんかった。「とらや」は、宮内庁御用達、皇室御用達というのを売り物にしているでしょう。そして、京都にはそういう店が多かったんです。「とらや」は御所のそばにある。それはその通りなんですが、私はね、思うんです。  京都の、二条通から南側の商人たちが付き合う権力の館は、御所じゃあなく、二条城やったと思うんですよ。幕府の出先である所司代京都所司代だと。今の東京でいうと、二条通霞ヶ関ですよね。三条通東海道に直結しますから経済拠点、いわば日本橋です。権力の道が二条通、経済の道が三条通。この二本がメインストリートでね、商人たちはここにくっ付いている。この近辺の、とりわけ政商たちは、天皇が東京へ移ったこと以上に、幕府がついえ去ったことを残念がったような気がするんですよ。 鹿島  なるほどね。 井上  彼らは、あまり尊皇思想を持たないんじゃないか。だからこそ、「京都の範囲は丸太町まで」というふうなことを言う。「御所は京都じゃない」と。 鹿島  それは、あるかもしれないですね。私がやはりショックを受けたのは、二条城の立派さ、京都御所の簡素さ。蛤御門の変についての本を読んで、さぞや立派な門構えと想像していたけど、え、これが蛤御門なのっていう感じ

京都の範囲は丸太町まで、というのはぼくは聞いたことがなくて、やはりぼくは京都の深淵を覗いていないのかなと思った。それにしてもいわれてみたらたしかに二条城は立派で、御所はせいぜい公園という感じだ。

要するに、街の力が衰えたころから、観光に目覚めたんですね。  京都で1600年代の末ごろに始まったこの傾向は、現代の日本国にも当てはまるのではないかと。国力で中国に抜かれたころから、「観光立国」というふうに言い出して。没落の自覚が観光を促す。この点は、京都が先輩です

これもいわれてみるとなるほど。ちなみに前段として、パリの観光も、同じきっかけで始まっているという部分があって、考えさせられる。観光公害うんぬんみたいなことを言っても「保養地の現地人がなんか言っとるな」みたいな事になってしまうのはまあつらい。

その他も全体的に面白かった。

京都ぎらい (朝日新書)

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