藤田和日郎『読者ハ読ムナ』でみる仕事論

すいません。読者ですが読みました。本当にすみません。

藤田和日郎は最も好きな少年漫画家で、中高生の頃はからくりサーカスのためだけにサンデーを読み続けていた。シベリア鉄道を走り始めたときにはたしか高校3年で大学受験真っ只中だったが、ギイや仲町サーカスの人々が命がけでシャトルを送り届ける描写に毎週涙した。

それは個人の感想なんだけど、藤田和日郎という人はとにかくすごい漫画家で2010年にはユリイカで特集号も出ている大御所。1つのネタでぶっ飛ばしているわけじゃなくて、とにかく質の高い仕事を継続し続けている。からくりサーカス連載中は休載なんて見たことなかったし、絵は一切手を抜かない。単行本の巻末を見ると、参考文献の多さに度肝を抜かれる。

しかし藤田和日郎の仕事の特徴として最もよく語られるのは、アシスタント育成だろう。育成なんて言ったら失礼かも知れない。

藤田和日郎の元アシスタント(Wikipedia)

僕の世代なら、『烈火の炎』、『金色のガッシュ!!』あたりはサンデーのカンバン漫画としてともに記憶しているのではないだろうか。

で、本書はそういう藤田和日郎のアシスタント育成術を仮想の新人アシスタントが連載を勝ち取るまでのストーリーで記述した漫画家志望者向けの本。僕は漫画家になる気はかけらもないのだけれども、藤田和日郎のファンだし、読者は読むなと言われたらつい買ってしまって読んだ。仕事術の本として。

ムクチキンシ(職場のコミュニケーション)

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pycon2015の基調講演で、雑談の推奨という話があった(遅刻したので聞けなかったんだけど・・・)。

togetter.com

藤田和日郎アシスタントはこれ以上で、無口禁止を求められる。そういう標語が貼ってあるらしい。そしてこれが唯一のルール。

具体的にどうしたらいいのかをちゃんと説明する

なんの説明もなく、「無口禁止だからな!」って言われてもどうしていいかわからない。結果、たぶん怒られる。双方不機嫌、職場の崩壊、最悪。藤田和日郎はそうじゃない。

キミがたとえば「おはようございまーす」って言って仕事場に入ってきたとして、そんときおれが座って机に向かって人形いじってるとするだろ。そしたら「なんすか?何やってんすか?」と聞いとくれ。

ものすごく具体的でわかりやすい。これならもともと無口だという人でも、やる気さえあれば会話できる。

意図をちゃんと説明する

ルールをただ課すのではなく、意図を明確にする

ひととコミュニケーションがとれれば漫画家になれると、おれは思っている。なぜなら人間と人間、編集者と作家で漫画はできていくから。他人といい関係を築けるやつ、「こいつ、なんとかしてやりたいなあ」って感じさせるような向上心があるやつじゃないと、作品は世に出ていかない。人間としていいいやつだったら、「何が足りないですか?」って自分から訊けるし、答えてももらえる。

引用したら補足する必要がなかった。しかし、この後の一文がさらにいい。

どうせなら、いいやつに少年漫画を描いてほしい。おれは、自分の目的に向かって必死で努力するひとが好きなんだ。それができるやつが、おれが考える「いいやつ」なんだよ。

そういえば藤田和日郎の描くキャラクターは努力家が多い。からくりサーカスのマサルなんて「いいやつ」の中の「いいやつ」だ。

お互いの利益を明示する

ムクチキンシの理由はそれだけではない。上司(藤田和日郎)の個人的な都合でもある。

おれの場合は、ペン入れをしているときは内圧がぐんぐん高まってきている状態なんだ。今にも叫び出したくなるし、大暴れしたくなる。そこを、アシスタントみんなが仲良くやって「藤田さん、これおもしろいですよね」とか「こいつ、こうなんですよ」とかって和気藹々としてもらうことでなんとか帳消しにして、毎週漫画を描いている。だから、キミらが誰かひとり黙っているとか、会話があんまりなくてしーんとしてたら、おれは、途端に機嫌が悪くなり始める。そうならないために、おれはキミたちを雇っているわけですよ。

身勝手で感じの悪い理屈だ。しかし裏の意図を隠して「あなたのためですよ」なんて言うよりよっぽどいい。それに徒弟制の職場では

  • 師匠:役に立ってほしい
  • 弟子:技を身に付けたい

という明確な利害関係がある。藤田和日郎は、自分の居心地のいい空間を作れ、そうしたら連載を取って1人前になる支援をしてやる。そういう明確な利益関係を提示している。

たぶんだけど、藤田和日郎が静かじゃないとペン入れできない人間だったら、「ペン入れ中は黙れ」って標語を貼ってるんじゃないだろうか。「仕事中は静かに」なんてのをもっともらしい理由つけているなら、「オレが集中できないから!」と言ってもらえるほうがいい。

映画鑑賞

藤田和日郎の職場では仕事中に映画を流している。映画を観ながら仕事を進めないといけない。

しかしこれは共通言語を作るためだ。

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あとはたとえば爆発シーンを描いてもらうときに「あの映画のあの感じ」ってイメージを伝えられると、ラクなんだ。たとえば油の爆発とただの爆発は違うよね。昔の『仮面ライダー』とかでよく出てくる、怪人が爆発してケムリがモクモクするときの爆発と、ハリウッド映画でタンカーが爆発したときの、最初「ボーン!」って爆発したあと黒っぽい煙がたちのぼるときの油の爆発は違う。そういうことを説明するときに、一緒に映画を観ていると、絵の指示を出すのがラクなんだ。

共通言語がない職場は悲惨だ。話はかみ合わず、会議は長引く。誤解のままに仕事が進んで、アウトプットは手戻り多発。なんらかの形でそれを作れれば、仕事の効率は間違いなくよくなる。映画を見て絵を描くペースが多少落ちたとしても、何度もリテイク出すよりはよっぽどいいのだろう。

映画を観ながら仕事をするだけでも大変なのに、終わった後に点数をつけて感想を言い合わなければいけない。これはアウトプットと自分の人格を切り離してレビューする訓練だ。

ある映画に対するキミの意見は、キミそのものではない。おれの映画に対する意見は「おれ」とは距離があるんだよ。つまり、映画の感想を話し合うことが、漫画家が編集者と自分の作品について話をするときの訓練だというのは、そういうこと。ある映画を観てキミがものすごく気に入ったとしても、その映画はキミ自身とは違う。だから誰か別のやつが点数を低くつけたとしても、そいつの見かた、その理由をちゃんと聞けるようになんないといけないぜ。

開発の仕事ではレビューは一般的なので、ありきたりな話ではあるが、どんな仕事でもアウトプットにはレビューがつきまとう。若手は先輩のレビューでボコボコにされてもそれは人格の否定ではないことを知らないといけないし、上司のアウトプットにも遠慮せず真剣にレビューをしなくてはいけない。プログラミングでもプレゼン資料作成でも、営業でもなんでもそう。漫画家でもそう。

自分の弱点を知っている

なかごろ、ネームのアドバイスをしている所。「何をする話なのか」と読者が気になる「設問」を早く提示してというところ。

でもなァ……(笑)。 これは反省なんだけど、『からくりサーカス』は目的がはっきりしないまま進んじゃう……。フェイスレスという敵が出てきたのはかなり後半。それまではなんとなく事件をひとつひとう乗り越えていくみたいなかたちにしてたんだけど……それで読者が離れちゃった。

からくりサーカス、むちゃくちゃおもしろかったし、ファンは根強いけど、人気はなくて読み飛ばしている友達が多かった。こうすべきだ、と指導しながら、それをできていない自分を振り替えれるのは強いと思う。

で、本の後半になると、もうどっぷり漫画家向けの話になってくるけど、前半は仕事一般に通じる話が多い。上で引用したムクチキンシと映画の話も、あくまで僕の捉えた仕事論なので、興味のある方はぜひ読んで、自分のための仕事のヒントを探してほしい。

ただし、この本を読むには共通言語があったほうがいい。からくりサーカスうしおととらのどっちか最低全巻読んだほうがいい。

軽めにいきたいひとには、邪眼は月輪に飛ぶがオススメ。

あと、もし藤田和日郎先生がエゴサーチして*1このエントリを見ることがあったら、しょうもないお願いなんですがパウルマン先生とアンゼルムスのおまけ漫画のLINEスタンプ作って欲しい。「オハヨサーン」とか、日常的に使えると思うんです。どうか。

*1:ネットの感想はみなくていい、と書いていたのでないのだろう・・・。