ミネムラ珈琲ブログ

AI画像Tシャツ屋/ITラノベ著者/さすらいのコーヒー屋/WEBサービス開発チームマネージャーの日記

石垣島アラフォー男子3人旅

9月上旬、石垣島に友達3人で行った。朝6時台にこそこそと起きて、家族を起こさぬように家を出る。

このメンツの旅は5年前に北海道に行った以来だが、やることは変わらない。酒を飲むだけだ。

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現地集合なので1人で関空から石垣島に向かう。国内線に乗るのも5年ぶりなので妙に緊張する。

家庭の都合台湾にはよく行っているが、距離的にはほぼ台湾。なんなら妻の実家の基隆(台湾)からはフェリーが出ていたりしていて、そっちからのほうがよっぽど近い。国内線だと無料で酒と飯が出たりしないんだよなとか思っているうちに近づいたが、着陸前に「急ブレーキかけるけどこれは普通のことだから」みたいな不穏なアナウンスが入る。そしてそもそも着陸以前から、妙にガックンガックンと浮遊感漂う感じで降りていき、予告通りの急ブレーキで全員が前の席を抑えてつんのめっていた。まじかよ。

そういうわけで石垣島に着いた。空港の建物の感じも周りの風景も本州より台湾に近いなと思う。

なお、合流まで数時間あるのでこの後1人でダラダラすることになる。

公設市場前にいると、なんやら祭りっぽいものが通って行った。怪しすぎる。ぼくも👺を被ったおっさんにうちわっぽいものであたまを叩かれた。ちなみにこの日は公設市場のお土産コーナーも閉まっていて、なんなのかと思っていたのだが、あとから聞いたところこの日は旧盆でこの行列もその関連。祭りがあったりするし、店はかなり閉まっているのだという。知らずに日程を決めた。

合流まで暇なんで海の方に散歩すっか、と思って橋を渡り始めたのだが、長い。終わらん。そして暑い。これは石垣島で常に思っていたことだけど暑い。普段京都に住んでいて、どこから来た人にも京都暑いねと言われており、実際アホみたいに暑いので、正直石垣島に来たところで大丈夫だろうとたかを括っていた。しかし暑さの質が違う。京都の蒸し暑さではなくて、刺すような、というか実際ほぼ痛いレベルの日差しにやられている。こんな状況で散歩だなんて正気ではない。海辺に辿り着く前に引き返した。ついでに言うとビールでも飲みながら歩くか〜なんて言う気持ちは事前に諦めていた。そんなことしたら死ぬ。

唐突ですがこれは泊まった民泊の裏にあった御嶽。井戸とか雰囲気があって異常に涼しい。合流して宿で落ち着いて地ビールを飲んでから出かけたところ。この後旧盆でなかなか店が空いてないなか長らく彷徨って疲弊することになる。石垣牛焼肉屋で食べたかったが、それどころではなかった。選んではいられないと思ってふらっと入った店は7時までならみたいな感じだったが結構いいところでことなきを得た。というかやはり魚介がうまい。うみぶどうが知っているやつよりあきらかに粒がデカかった。店主も親切で、竹富島とかいってのんびり酒飲むといいよみたいなことを教えてくれた。

その後、賑わってる飲み屋に入ったり、店名と看板のセンス的に入って大丈夫なのか不安になるカラオケスナックに行ったりと典型的な夜を過ごしたが、珍しく11時ごろには宿に引き上げた。コンビニでソーキそばと肉を買って、なんかいまいち調理器具の足りない中でなぜかつけ麺ふうにして食ったりした。

ちなみに宿は今回はやや高めの民泊。畳のスペースもあってうだうだとできたり、ベッドも3台あって快適だった。もはやホテルと値段は変わらないのだが、ホテルで大人3人だと1人はエキストラベッドだったりするし、部屋はダラダラするには狭かったりするのでこれで良いなと思う。

2日目、だいぶセーブしたつもりだったが僅かに二日酔い。なぜなのかと思ったがやはり泡盛が悪い。飲みやすさとアルコール度数のバランスが若干悪いし、なぜかどこにいってもデフォルトの酒の選択肢が泡盛になっている。

この日は宿からオープンカーを借りて、借りた後はノープランという予定だったのだが、前日深夜になぜか宿から修理に出すことになって貸せないと言われる。これは正直少し事実かどうか怪しいと思っているのだが、まぁ前日飲み屋で聞いて竹富島に行きたくなっていたところなので潔く高速船乗り場に向かった。

で、竹富島に着いた。船は満員だったが、人々はなんらかのバスに乗って散って行った。よくわからない我々はとりあえず水牛車ってやつにのりたいねと行って話しかけると、しばらく待てばバスが往復してくると言うので素直に従った。

めちゃくちゃ普通に観光をしているが、アラフォー男3人旅。乗っていて思ったのは、これは家族で来てもだいぶ楽しかろうということだった。

楽しい感じで写真が続いたが、実際のところ徒歩でうろつくのは非常にしんどかった。海に足をつけたのは楽しみじゃなくてもはや回復行動。移動手段はレンタサイクルが多いらしいが、飲酒目的なのでそうもいかない。ビーチで酒を飲む算段だったが行き着いた先には酒がなかった。あって飲んだとしてもそれはそれでつらかったかもしれない。

ビーチに足をつけて満足したので島中心部にもどって昼飯でようやくビールを飲んだ。ちなみに中心部には学校があったが、生徒はどの程度いるのだろうかなどと思っていた。その後も今ひとつ旧盆でしまっている店が多い中でウロウロして、早い時間に石垣島に戻ることになり、アラフォーの残り少ない体力を一度宿で回復することになった。ちなみにこの帰る頃ぐらいから日差しに少し慣れてきて、行きはおよそ歩けなかった道を軽快に歩けるようになった。慣れというものはそういうものだと思う。

1名が完全に寝ている間、やはり石垣牛が食いたいという密談をして、いっそめちゃくちゃ早い時間からなら焼肉食えるんじゃないかという仮説が提出され、1名欠席ながらも67%の賛成を持って16時半から焼肉を食うことになった。

まぁご当地牛でしょぐらいに舐めていたのだが、めちゃくちゃ美味かった。あとトイレにいい言葉貼ってある系の店だったけど、その中の「焼肉屋の店長はデブ」ということばだけが異質で妙に心に響いた。

その後、立ち飲み屋、ワインバーと順調に酒を重ねた。これは我々の実力の問題もあると思うのだが、やはり2日ぐらいしないと地元の声みたいなのは聞けてこない。ワインバーの店主は山梨出身の移住者だったが、ここでどこにいっても泡盛、しかも地元産しかでてこない理由に行き当たった。とかくなにを買うにも島の外からは離島配送手数料で高くなるのだという。なのでワインも高い。つまりどうしようもないが故の地産地消。ビールなんかもオリオン以外にも地ビールがたくさん売ってて好感が持てていたがなんのことはない、石垣産以外はひたすら高いのだった。

その後、1人がヤギ汁を食いに行きたいと主張した。1人はそんなものは絶対に食えないと主張した。ぼくはゲテモノを食えることには定評があるので食えるとは思ったが、正直お腹いっぱいなので食いたくないと主張した。結果、解散して各自好きにしろ、と言うことになった。よく考えるとなぜそうなったのかよくわからない。いやよく考えなくてもやはりよくわからない。

ぼくはふらふら歩いてめちゃくちゃ寂れたスナックでおばちゃんと喋ったり、寂れてはいないがよくわからないカラオケバーでダラダラ酒を飲んだりして数時間過ごして、宿に戻ってそれぞれの成果を語り合った。結局ヤギ汁は食えなかったらしい。

最終日、ぐったりしながら宿代飲み代を精算し、公設市場で八重山そばを食い、お土産を買い込んだ。ちなみにお土産は結構良かった(これを書いた時点ですでに概ね食っている)。

  • うみぶどう:書いてなかったけど、2日目の焼肉屋でも食べて、やはり粒がデカくて異質に美味かった。塩漬けで保存が効くやつだったので80g x 2買ったが2週間ですべて消費した
  • もずく:これは妻が好きなので買った。天ぷらともずく酢を豪快に作ったがまだ残っている。2つ買わなくて良かった。いや買っても良かったかも
  • コーレーグースおばあちゃんのてぃだくーす(コーレーグース)。恐ろしいことになにに入れてもすべて沖縄風になる。今日はうどんに入れたが一瞬で沖縄料理になった。ラベルのおばあちゃんの顔に負けない強さ
  • ロイズ石垣島 黒糖チョコレート:ワインバーで出されたつまみだったが、めちゃくちゃうまかった。いまもウィスキー飲みながら齧っている
  • 泡盛ゼリー:会社のお土産にもっていこうとおもっている

最後、バスを待つ間にカフェバーで飲んでいて、友達を送り出して1人になった後にウロウロしたが結局いい店が見つからず「恥ずかしながら戻ってきました」みたいな感じで戻るとわりと暇な時間でもあって店の人がいろいろ話を聞かせてくれて、さまざまなことに答え合わせがあった。

まずやはり空港の着陸はああいうものらしい。石垣育ちの人に言わせれば、外の空港にいって気づいたのは、「飛行機って安全なんだ」ということだった。なんなら最近は滑走路が広くなってだいぶマシになったらしく、それ以前は案内通り足元に荷物を置こうものなら全て前の席に吹っ飛ぶのが通常だったらしい。なんだそれ。

あとは独特な人の動きも垣間見得た。八重山諸島の離島出身(小中学校あわせて30人)という人は、いまは石垣島で暮らしているし、スナックでの話だと石垣島で生まれた人は沖縄本島に住んだりする。一方で飲食店の若い人は本州から移住してきている人がかなり多かった。小さい島から大きい島へ動くようで、その逆もありの面白さを垣間見た。

そしてこれだけインターネットでの配信が主力になってもなおローカル音楽カルチャーみたいなものはある。「ダイナミック琉球が〜」と言われて、「なんすかそれ」と聞いたのだが、沖縄の学校や保育園では全員踊ったり歌ったりするのだと言われて衝撃を受ける。妙にいい歌詞なのだと言う。調べたら2009年の曲でそこから沖縄ではみんな歌えるになるのは異常な流行だと思う。

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