ミネムラ珈琲ブログ

ITラノベ著者/さすらいのコーヒー屋/WEBサービスディレクターの日記

『シン・ウルトラマン』見て、知性体を探すSFの先のことを思う

有給をとって時間があったので『シン・ウルトラマン』を見てきた。平日昼間の映画館はガラガラでいい。当然ながらネタバレがあります。

映画を映画館で見るのは随分久しぶりだ。話題性に抗いきれなかったなと思う。

別の話だけど、最近『法治の獣』を読んでいた。

3編の短編だけど、いずれも未来の人類が外宇宙に自分たち以外の知性を探し求めるもの。表題作の「法治の獣」はむしろ3編のなかでは少し浮いていて、「主観者」「方舟は荒野を渡る」は連続性が強い。いずれも知性を追い求める調査船が舞台。エキサイティングさというよりはむしろ苦悩で、いかに侵略や破壊的な影響を与えないかという制約のもと、うまくいったりうまくいかなかったりする。

メフィラスの商業的なスタンスはひどく植民地的な発想であれだけの技術をもっていてそんな社会性に至るのかは不思議に思ってしまう。ウルトラマンやゾーフィが示す光の星の保護・裁定者のスタンスは、『法治の獣』における人類のさらに先にあるもので、知性がありふれたものだとわかった上で、他の星系の知性体への影響なども含めた上で人類を滅ぼすといった裁定者の役割がでてくるのかなと思えた。しかしそうはいっても現実はわからないので、実際には数百年だか数万年後に人類がいまより人権意識薄い感じでメフィラスのように振る舞っているとも限らない。いかにもありそうな話ではある。

あといまちょうどオウムアウアの本を読んでいて、なぜか関係なく読んでいる本や見ている映画がシンクロしてくるのは面白い。