ミネムラ珈琲ブログ

ITラノベ著者/さすらいのコーヒー屋/WEBサービスディレクターの日記

属人性の発揮は属人性の排除以上に望ましい

いわゆるプロダクト開発みたいなことをやっている人なら、チームでなんらかの振り返りや改善を行っていると思う*1

うちのチームでもスプリントやプロジェクトでKPTをやっている。ただ振り返るだけじゃなくてアクションを出し、それによってチームとしての業務を改善することになる。

その改善の中で、比較的わかりやすく見つかり解決のアクションもとりやすいのは「属人性の排除」だ。この機能がAさん以外開発できない。あのオペレーションはBさんが暗黙的にやっているが、月1のタイミングで病欠すると詰む。昨日のトラブルはCさんがいたから解決できたが、いなかったらどうなったことやら。

こういう課題は比較的容易に発見することができるし、解決の道筋も立てやすい。マニュアル化をする。知識の平準化のためのイベントをやる。自動化する。実際やろうとしたら難しいことはあるにせよ、道筋自体にはあまりバリエーションはない。

そうやって属人性を排除するのは当然望ましい行為なのだが、世の中には属人性を排除したいい話が溢れていて、なんだか属人性そのものが悪者のように思えてしまう時がある。

delete-all.hatenablog.com

しかしそれは間違っている。属人性の排除はそもそも誰かが属人性を発揮して、チーム内で独自の価値を発揮しているからこそ価値を生む。

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チームの中の誰かが属人性を発揮することで、仕事の幅が広がる。そしてのその属人性を排除することで、幅の広がりが安定する。なぜこんなGIFアニメを作ったのか少し後悔している。

そんなことは言わなくても自明かも知れないけど、属人性は悪ではないしむしろ善だからこそ排除する価値がある。そういう認識をぼくがしているということを仕事仲間に表明しておきたかったので書いた。

属人性の排除だけなく、属人性の発揮も称賛していきたい。

*1:やってないなら絶対やったほうがいい