ミネムラ珈琲ブログ

ITラノベ著者/さすらいのコーヒー屋/WEBサービスディレクターの日記

作家が企画段階で対価が欲しいかは、結局スタンスの問題

くらげバンチで連載されている『神と呼ばれたオタク』の原作者のRootportさんが以下のブログを書いていた。いわゆる作家と出版社編集の間でよくあるなかなか企画が決まらないトラブルについてのスタンスの話。

rootport.hateblo.jp

企画段階では対価はなくて良くて、それによって自由が保証されているという話。ぼくも1冊しか著作はないけど、とはいえ完全に同じスタンスだなぁと思った。

実際、『転生したらスプレッドシートだった件』を出したときに、持ち込みをやったときの話をTogetterにまとめている。

togetter.com

とはいえこの問題はあくまでスタンスによるものでしかないとは思う。ゼロベースで企画を作って出版社に持ち込みをしていくような企画屋タイプの人間にとっては、企画段階は営業なので、対価があるという発想がそもそもない。

ダメなら次、ダメなら次とサクサク持ち込みリレーをするのが普通の発想なので他社に持ち込めないみたいな制約の意味が理解できない。ボツのフィードバックでブラッシュアップした部分があったとしても、営業する中で資料や商品を改善しているだけであって、顧客に製品に関わる権利を要求される意味がわからない。

一方、そうじゃない人のことも想像はできて、職人的なタイプの人からすると、企画段階でも対価があるほうが働きやすいのだろうなとは思う。依頼されて企画を作るとなると、手を動かすのに対価があったほうがやりやすいだろう。はじめのアイデアの段階から編集者が介在していると、ボツになったからじゃあこれを他にもって行きますというのは心情的にやりづらい気がする*1。こういうことがトラブルになっているのは、わりと専属的に抱えられている作家っぽい感じなのだと思う。

そういうわけなので、作家のスタンスによって、どちらが良いのかという答えは異なる。じゃあ別に個々の契約でそれぞれ好きなようにやったらええやんという話ではあるけど、企業である出版社に対してたいてい個人の作家は弱くてそんなにいい感じに交渉はできない。できなくて割を食うのは職人タイプの人になる。ではその人達を守るために法でなんらか規制されたほうがいいんじゃないか、ということになると、今度は企画屋タイプの人が割を食いかねない。

だからどうすべきということまで思っていないけど、あくまでこういうスタンスをしている人間が一人存在していることをインターネットに書いておこうと思って書いた。

*1:とはいえこのリスクをコミで対価がないなら、心情以上の問題はないと思う