最近は三体とか中国SF読んだりしていると、こういうのが生み出される社会的背景とかに興味が湧いてきている。著者名に親近感を感じるけど、ぼくの知る範囲親戚ではない。
- 作者:峯村 健司
- 発売日: 2019/09/13
- メディア: 新書
それで読み始めたけど、全体を通して感じたのは、中国の異様さとかではなくて、著者の仕事の異様さだった。
気分が良くなったところで店の外へ出ると、4台の警察車両に店を取り囲まれていた。武装警察らしき当局者も見えた。これまで何度も中国内で取材中に拘束されたことはあったが、尋常ではない物々しさを目の当たりにし、ひざの力が抜け、倒れそうになった。
3人の大柄の男性警察官が近づいてきて、無言で私の腕を取り押さえた。 「何の容疑なのか」「令状はあるのか」
何を尋ねても、3人とも鉄仮面のような表情を崩さず、私を車に押し込んだ。車内でも沈黙が続き、張り詰めた空気が漂っていた。実際に車に乗っていたのは 20 分ほどだったが、ずいぶんと長く感じた。
詳細は後章(第1章『米政府の「スパイ」と決めつけられて』以降参照)に譲るが、私はこの後警察署に連行され、長時間の取り調べを受けることに
読みはじめてすぐにこういう話が出てくる。このあとも「スパイと疑われた」という描写が何度も何度もでてくる。しかし、正直な感想としては「すぐ疑われて怖いな」という感想よりは「(事実は違うにせよ)まぁそりゃ疑いもするよね…」という感想が先にたった。もちろん実際にはそれはスパイではないし尊い仕事だ。ただおそらく世の中のどんな仕事も限界までやり込んでいる風景は素人の第三者から見れば恐怖をおぼえる、そういうものなのだと思う。
当時、危険を伴う場所に取材に行くときは、鉄道を使うことが多かった。飛行機と違い、切符を買う時にパスポートを見せる必要がなかったからだ。一般客に紛れやすいようにあえて最も安い鈍行列車を選んだ。5つ以上の携帯電話を使い分けたり、変装したりもした。
5つも携帯電話を使い分けていて変装をしている人間は、スパイだと疑われても仕方ないと思う。
2009年8月深夜、私は草むらの茂みに身を潜めていた。数時間いただけで、手が腫れ上がるほど蚊に刺された。
深夜に草むらの茂みにいるのを数時間だけと表現できるのはおよそ常人の神経ではない。普通は5分だってつらい。この文章の奥には数時間どころじゃない経験があることがほのめかされている。
余談になるが、この時一緒に現場で拘束された共同通信のカメラマンは、この時の金正日の写真で2010年の新聞協会賞を受賞している。そのぐらい金正日の写真を撮ることは価値があり、難しいことの裏返しでもある。
釈放後にカメラマンに話を聞いたら、カメラを3台持っていて、ワゴン車から降りる時にうまく1台のカメラを隠したのだそうだ。
それを聞いて自分の準備不足と判断ミスを悔やんだ。
これは金正日の写真を撮影した時だけど、撮影に至るまでのテクニックは拘束した役人も舌を巻くようなやつだったし、この記述を見ると中国特派員生活においてはこの著者のスタイルは決して異常というわけではないのかと思える。
敷地に入ろうとする工場の作業服姿の男性に「空母建造は順調ですか」と尋ねたとたん、肩をつかまれた。
「おまえ、どこのスパイだ。身分証を見せろ」
しくじった。作業員に扮した防諜組織、国家安全省の職員に声をかけてしまったようだ。大柄の男性に肩をつかまれ引っ張られそうになったが振り切り、人波にまぎれてなんとか難を逃れた。
疑われたが振り切った、という描写もいくつか見た気がする。ちなみにこのエピソードの周辺では、話しかけた工場の従業員と当日に仲良くなって作業服を貸してもらう(?)というエピソードもでてきて、しれっと書いているけどやばい。
そういう感じでとにかく著者の仕事のレベルが高すぎて恐怖をおぼえるけどもちろんその取材の成果はすごい。世界レベルのスッパ抜きを独力でやってのけているし、それは国家の機密的なことだけじゃなくて、民衆の思いみたいなところも細やかに取材されている。
最年少の男性( 22)が気まずい沈黙を破ってくれた。
「俺は中学を中退してから、セメント工場を転々としていたところ、技術を見込まれて工場に採用されたんだ。こんな学のない農民上がりの俺が『精品』を造っていいのか、という戸惑いは正直あるさ。でも、米国や日本にいじめられない強い国になるためには、俺の腕が必要とされているんだ!」
男性はそう言いながら立ち上がると、 拳 を挙げて叫んだ。 「中国 加 油(中国がんばれ)!」
他の4人も続いて立ち上がり乾杯した。
中国国内ではさげすまれることが多い出稼ぎ労働者だが、この島の作業員には内に秘めた誇りとパワーを感じた。
今は空母建造で活気にあふれる長興島だが、もともとはミカンが唯一の産業だった上海市最貧の島だった。
これは空母建造の島に潜入して、工員たちからリアルな話を聞いているところ。著者は軍事関連が一番専門らしいけど、それ以外にもこういった民衆の様子みたいなところもたくさん観察した様子が入っていて面白い。
「先日の珠海の航空ショーでおもしろい写真を撮りました。ぜひ参考にしてください。峰村」
私が差出人となったこんなメールが、中国総局管内の同僚全員に送られていた。
不審に思った同僚の一人が、電話をしてきて発覚した。そのメールには、広東省珠海で開かれた「中国国際航空宇宙博覧会の写真」と名付けられたファイルが添付されていたという。
私の私用メールから送られたことになっていたが、送付した記憶はない。改めてメールの送信履歴を調べたが送った記録はなかった。そもそも私の名前の漢字が、本来の「 峯 村」ではなく、「 峰 村」となっていた。「峯」は中国では使われていない。
なりすましメールでのスパイの話。完全に余談だけど、笑ってしまった。峰/峯のどっちを使うか、ミネムラ姓の人間的にはよく間違えられるけど特に気にしないぐらいなんだけど、こういうこともあるらしい。
- 作者:峯村 健司
- 発売日: 2019/09/13
- メディア: 新書