キタハラ先生の新刊が出たので買った。

- 作者:キタハラ
- 発売日: 2020/11/06
- メディア: 文庫
読み終えてからこの帯をあらためて眺めて思っていることがある。これはタイトル詐欺だ。
「お悩み相談人力車」?
「お悩み人力車」の間違いじゃないのか?
「お連れします!あなたの"本当に行きたいところ"」
これも違う。以下のほうが適切だと思う。
「俺は……一体どこへ向かっているんだ……?」
「痛快エンターテイメント」なんてものは、悩みのなく真っ直ぐな主人公が周囲や世界の問題に立ち向かい取り払っていくものだ。
しかし『人力車』の主人公、ショーケンはずっと悩んでいる。世界や周囲のことではない、自分のことについてだ。
ズルズルと惰性で続ける人力車引きなんてものは辞めて、再び写真家の夢を追うべきではないのか。今の仕事に意義を見いだせず、得意なこともわからない。
無理やり連れて行かれた占いではこう言われる。
あなたは与えられたことをただ漫然とやっているだけや思うたはる。なにも成し 遂げられないと考えている。そんなことはありませんよ。わりにいい線をいったはりますよ。でも自分に自信がなくて肯定できてへん。そこがあなたの弱点であり、 憎めないところです。
キャリアにおける正解なんてものはないのだろう。ただ自分にできることはなんなのか、やりたいことはなんなのか、なにに意義を感じるのか。それらを内省し、最後はえいやっと決める。それしかない。*1
そういう意味では、『人力車』はある意味私小説的な本だ。迷っているのはキタハラ先生本人で、人力車はエンタメ、写真は純文学だ。勘だけどたぶんそうだ。
キタハラ:ほぼ考えてなかったです。『熊本くん』を書く前は「文學界」「群像」「文藝」などの文芸誌の公募に送っていて、大学は純文学系の創作ゼミを取っていました。大学を卒業してからも文芸誌に送ってたんですけど、『熊本くん』を書いた時は数年ジャンルに迷走していて、よくわからないままだった部分があります。
『人力車』はおそらくキタハラ先生なりに思いっきりエンタメに寄せた本だが、やはり100%のエンタメにはなりきらず、文芸がのぞく。
しかしそれは別に失敗ではない。『人力車』のショーケンが最後に見せる奇行に近い迷いは、実際には迷いではなくて彼なりに選んだ正解になっている。
キタハラ作品の純文なんだかエンタメなんだかはっきりしないところも、別に中途半端なわけではない。それがキタハラ作品の味であって、それがいいのだ。型にはまった二者択一なんて必要ない。両方やったらええのだ。
そういう意味では「仕事・恋・人生の悩みに効く!?」というのはあながち詐欺でもないのかもしれない。

- 作者:キタハラ
- 発売日: 2020/11/06
- メディア: 文庫
なお普通に買ってたのですが、なんとサイン本を送ってもらえた。
送ってもらえた経緯はこちら。
『熊本くんの本棚』もオススメです。

- 作者:キタハラ
- 発売日: 2019/12/13
- メディア: 単行本
*1:『働くひとのためのキャリア・デザイン』を参照しながら書いてます 働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)