ミネムラ珈琲ブログ

ITラノベ著者/さすらいのコーヒー屋/WEBサービスディレクターの日記

得意なことを好きなことだと勘違いされる問題

仕事の話。例えばぼくはGoogleスプレッドシートが人並み以上ぐらいには得意だ。仕事でもよく使うし、ツールとしても好きだ。これは事実だ。

あるひとが得意としていることと好きなことが一致していることはそれなりに多いとは思う。

別の話。ぼくはアドテクが得意だ。専門の部署から動いて2年以上経つが、WEBサービスプロダクトマネジメントの立場でぼくよりアドテクでの収益化に詳しいという人はそうそういないだろう。

だがアドテクや広告のことが好きかと言われたら全然そんなことはない。社内でそういうトピックについて一家言あるように喋っていたとしても、それは知識と経験があるものの義務としてアウトプットしているだけであって、本質的には興味がない。

ぼくにとって広告は、広告主にとっては売上拡大、メディアにとっては収益確保の手段でしかない。ぼくはコンテンツと情報流通の未来を作りたいと思って仕事をしているので、広告はそれをやっていくための手段でしかない。

そのように思っているし、今の会社、はてなに広告基盤開発のマネージャーとして入った時から一貫して「ずっと広告をやりたいわけではない」「サービス側の開発を将来やりたい」と言い続けている。しかし、過去の上司全員に何度も「え、広告好きじゃないの?やりたいんじゃないの?」と言われ続けている。

ちょうど昨日もリモート飲み会でそういう話題になって、上司から「え、本当に広告興味ないの?」「はい、踏み台です」という会話をした。上司はぼくの理想に結構近い仕事をさせてくれているし、今後広告系の仕事に戻る気がない意向も知ってくれている。それでもぼくのことを広告大好き人間だと誤解していたのだ。

誤解しないで欲しいのだけど、誤解する人が悪いと思っているわけではなくて、兎にも角にもぼくが知識と経験を発揮しすぎていることに問題がある。得意なことを好きなことだと勘違いするバイアスは、とても恐ろしい。

これは別に新規な言説ではなくて、ものの本でも使い古されたことだ。なんなら上司どころか自分ですらこれを勘違いすることはよくある。

動機・欲求の自己イメージに関しては、その意味では、他者の声よりも自分の内面の声に耳を傾けることが、重要になってくる。気をつけなければならないのは、ひとはしばしば、自分が得意なことを、好きなことだと勘違いしてしまうことである。これはそう考えると短期的には都合がよいためであり、はまりやすい罠である。

たとえば、英語ができるひとは、語学が好きだと思いがちだし、コンピュータが得意なひとは、機械を操るのが好きだと思ってしまう。得意なことが好きなら、とても都合のよいことだから、このような勘違いが生じやすい。ほんとうに好きなのは、語学ではなく、他言語を話すひととのコミュニケーションかもしれないし、機械ではなく、数学的な問題解決なのかもしれない。得意なことイコール好きなことだと短絡してしまうと、「便利屋」にされてしまうので、注意がさらに必要だ。語学ができるひとは海外派に、コンピュータができるひとはシステム屋さんにされてしまう。うまくできることをやりたいことのように思い続けるのはよそう。「なにがほんとうのところしたいことなのか」という問いは、けっこう難しい問いだ。

金井壽宏. 働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)

『働くひとのためのキャリア・デザイン』では、なにが得意か、なにをやりたいのか、なにをやれば社会的意義を感じるか、という話が提示されているが、こういう前提がないと、上司どころが自分すら勘違いしたまま仕事人生を送っていくことになると思う。

そういう意味ではぼくはGoogleスプレッドシートのことも、好きだとは書いたがそれで食っていく仕事にしたいとはサッパリ思っておらず、やはりツールでしかないと考えている。好きとか興味があるという言葉は曖昧なので、上司とキャリアの話をする際には適切ではなく、業務や事業のドメインとして関わりたいか、ぐらいのつもりで使った方が良い。

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